別居してから生活費(婚姻費用)の話合いがまとまらず、結局、調停を申し立てるまでに数か月かかってしまった――こうしたケースは少なくありません。この場合、別居した時点からの婚姻費用を、まとめて請求できるのでしょうか。
原則:婚姻費用は「調停を申し立てた時」からしか認めてもらえない
結論からいうと、婚姻費用は、別居を始めた時点にさかのぼって当然にもらえるものではありません。家庭裁判所の実務では、婚姻費用分担調停を申し立てた時点から婚姻費用の支払を認めるのが原則とされています。
つまり、別居を始めてから調停を申し立てるまでの間、相手に対して生活費を求める意思を何も示していなければ、その間の分の婚姻費用は、後になって請求しても認めてもらえない可能性が高いということです。「そのうち話し合おう」「調停はハードルが高いから、もう少し様子を見よう」などと考えて何もしないまま時間が過ぎてしまうと、その間の生活費は結果的に取りこぼしてしまうおそれがあります。
内容証明郵便で請求しておけば、調停より前から認めてもらえることがある
もっとも、婚姻費用の始期は、調停を申し立てた時に固定されているわけではありません。調停を申し立てる前に、内容証明郵便によって、はっきりと生活費の支払を求めていた場合には、その請求をした時点まで、始期を早めてもらえることがあります。
これが実際に認められた例もあります。東京家庭裁判所平成27年8月13日審判では、別居後、権利者が内容証明郵便を送って生活費を求めていたという事情のもとで、調停の申立てを待たずに、この内容証明郵便が届いた時点まで始期をさかのぼらせる判断が示されました。内容証明郵便は、いつ、どのような内容を相手に送ったかが郵便局に記録として残るため、「いつ請求したか」を客観的に証明しやすいという特徴があります。この点が、調停の申立てを待たずに始期を確保できた理由といえます。
LINEやメールでの請求も、内容が明確であれば認められることがある
内容証明郵便に限らず、LINEやメールなどでのやり取りであっても、そこで生活費の支払をはっきりと求めていたといえるのであれば、その時点を始期として考慮してもらえることがあります。
もっとも、LINEやメールは、内容証明郵便のように送付・受領の記録が公的に残るわけではなく、「本当に明確な請求だったのか」「単なる愚痴や相談にとどまるものだったのか」が、後になって争われやすいという弱点があります。
請求の内容があいまいだと、認めてもらえないこともある――東京高裁令和2年10月2日決定
実際に、メールでの請求内容があいまいだったために、婚姻費用の審判の中では十分に認めてもらえなかった裁判例もあります。東京高等裁判所令和2年10月2日決定の事案では、妻が、調停を申し立てるより前に、メールで夫に生活費や子の学費といった費用の支払を求めており、夫もこれに応じて一部の金額は任意に支払っていました。裁判所は、この限度では妻からの請求があった事実を認めています。ただ、それでは足りないとして妻がさらに追加の請求をしていたのかについては、それを裏付けるだけの資料が見当たりませんでした。
そのため裁判所は、夫が任意に支払った額を超える部分まで、既払金として婚姻費用の対象にはできないと判断しました。もともと婚姻費用の審判という手続は、スピーディーに解決することが重視されており、証拠上はっきりしない過去のやり取りの中身まで細かく認定して清算するのにはなじみません。そこで、この事案では、支払われていなかった分の扱いは、その後の離婚に伴う財産分与の中で考慮すれば十分だという判断が示されました。
つまり、婚姻費用の審判で認めてもらえなかった過去の不足分があったとしても、それであきらめる必要はなく、離婚の際の財産分与の中で改めて考慮を求めていくことができます。ただし、財産分与での調整は、婚姻費用の審判の段階で確実に認めてもらうことに比べると、手間も時間もかかりますし、財産分与で必ず反映されると保証されているわけでもありません。
実務上の意味・ここがポイント
ここまでの内容を整理すると、伝えたいことはシンプルです。
①婚姻費用は、原則として調停を申し立てた時からしか認めてもらえません。②ただし、調停を申し立てる前に、内容証明郵便やLINE・メールなどではっきりと請求していれば、その時点まで始期を早めてもらえることがあります。③その中でも、内容証明郵便は、送付・受領の記録が客観的に残るため、後で争いになりにくく、最も確実な方法です。LINEやメールは、内容が明確でないと、あとで「請求したと認められない」「不足分は財産分与で」となってしまうこともあります。
調停を申し立てるのは、費用や労力もかかり、すぐには踏み切れないという方も多いと思います。しかし、調停の準備に時間がかかる場合でも、別居を始めたら、できるだけ早い段階で、相手に対して婚姻費用の支払を求める意思を、記録に残る形で伝えておくことが重要です。もっとも安全なのは内容証明郵便で請求することですが、それが難しい場合でも、LINEやメールで、日付とともに、はっきりと生活費の支払を求める内容を送っておくべきです。こうしておけば、後になって調停の申立てが遅れてしまったとしても、請求した時点までさかのぼって婚姻費用を認めてもらえる可能性を確保できます。
よくある質問
Q 別居してから調停を申し立てるまで、何も相手に言っていませんでした。別居時点からの婚姻費用はもらえますか。
A 難しい可能性が高いです。婚姻費用は、原則として調停を申し立てた時から認められるのが実務の扱いです。調停の前に、内容証明郵便など、請求した時期がはっきりわかる方法で請求していなければ、それより前の分は認めてもらえないことが多いといえます。
Q 口頭で「生活費を払ってほしい」と伝えただけでは足りませんか。
A 口頭でのやり取りだけでは、後になって「言った」「言わない」の水掛け論になりやすく、いつ請求したのかを客観的に証明することが困難です。内容証明郵便のように、日付と内容が記録として残る方法で請求しておくことをお勧めします。
Q LINEやメールで生活費を求めたことがあります。これでも認めてもらえますか。
A 内容がはっきりと生活費の支払を求めるものであれば、始期を基礎づける事情として考慮されることがあります。ただし、内容証明郵便に比べると、明確な請求だったかどうかが後で争われやすい面があります。可能であれば、あわせて内容証明郵便でも請求しておくと安心です。
Q メールで請求して相手が一部だけ支払ってくれましたが、残りの不足分は婚姻費用の審判でもらえますか。
A 不足分について改めて明確に追加請求をしたと認められる証拠がないと、審判の中では認めてもらえないことがあります。実際に、そうした事案で、婚姻費用の審判では認めず、離婚の際の財産分与の中で考慮すべきとされた裁判例(東京高等裁判所令和2年10月2日決定)もあります。審判で認めてもらえなくても、財産分与で改めて考慮を求めることは可能ですが、確実性の面では、はじめから内容証明郵便で明確に請求しておく方が安全です。
婚姻費用の請求についてご不安がある方へ
別居の時期や、これまでのやり取りの状況を伺ったうえで、婚姻費用をいつの時点から請求できそうか、今後どのように進めるべきかを整理いたします。まずは状況をお聞かせください。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。始期の判断は個別の事情によって異なり、必ずこのとおりになるとは限りません。具体的な対応については弁護士にご相談ください。

