「相手も自分も年収は同じくらいのはずなのに、計算してもらった婚姻費用の金額が思っていたのと違った」——実は、こうしたズレはよくあります。理由は簡単で、婚姻費用や養育費の金額は「年収」の数字そのものではなく、そこから一部を差し引いた「基礎収入」という金額をもとに計算するからです。そして、会社員(給与所得者)と自営業者などの個人事業主(事業所得者)とでは、年収から何をどれだけ差し引くかが違います。そのため、同じ年収300万円でも、基礎収入の金額は変わってきます。
「基礎収入」とは何か
基礎収入とは、ざっくり言うと「年収のうち、生活費に回せる部分」のことです。年収には、税金や社会保険料のように、そもそも自由に使えないお金や、仕事をするうえで必要な費用が含まれています。これらを年収から差し引いた残りが基礎収入です。婚姻費用や養育費は、この基礎収入をもとに計算されます。
会社員の場合:年収から3つを差し引く
会社員などの給与所得者の場合、年収から次の3つを差し引きます。①税金・社会保険料、②通勤費や仕事上の交際費などの仕事にかかる費用、③住居費や医療費です。この3つを引いた残りが基礎収入になります。年収が上がるほど、基礎収入として残る割合は小さくなっていきます(裏を返せば、差し引かれる割合は大きくなっていきます)が、それでも会社員の場合、基礎収入として残るのは、だいたい年収の4割から5割程度です。
自営業者の場合:年収から2つを差し引く
個人事業主などの事業所得者の場合、少し事情が違います。自営業者の「年収」としては、原則として確定申告書の「課税される所得金額」を基準にします。この金額は、もともと仕事にかかる経費(会社員でいう②の部分)を差し引いたあとの金額になっているため、自営業者の基礎収入を計算するときは、残り2つ、①税金・社会保険料と、③住居費や医療費だけを差し引けば足ります。差し引く項目が会社員より1つ少ない分、基礎収入として残る割合は高くなり、だいたい年収の5割から6割程度になります。
ただし、確定申告書の「課税される所得金額」をそのまま使えばよいとは限りません。基礎控除や配偶者控除・扶養控除など、実際にはお金が出ていかない所得控除がいくつも差し引かれているためです。そのため実務では、こうした控除分を所得に足し戻して、算定に用いる収入額を計算します。代表的な例が、青色申告をしている場合の「青色申告特別控除」(最大65万円)です。
たとえば、売上800万円から実際の経費500万円を引いた300万円から、青色申告特別控除(最大65万円)を差し引いた235万円が、確定申告書上の「所得金額」として記載されます(ここからさらに基礎控除などの所得控除を差し引いた金額が「課税される所得金額」になります)。青色申告特別控除は実際にお金が出ていく支出ではないため、算定の際にはこの65万円を足し戻し、235万円ではなく300万円に近い金額を基準に考えることになります(基礎控除など他の控除も同様に足し戻しの対象になるため、実際の金額はケースによって異なります)。
具体例:同じ年収300万円でも、基礎収入は45万円も違う
会社員で年収300万円の場合、基礎収入は42%、つまり約126万円です。これに対し、自営業者で同じく年収(確定申告書上の所得)300万円の場合、基礎収入は57%、つまり約171万円になります。同じ「年収300万円」でも、基礎収入としては45万円もの差が生まれるのです。婚姻費用や養育費はこの基礎収入をもとに計算するので、この差が、婚姻費用・養育費の算定額にも影響します。
なぜこのような差が出るのか、理由を一言でまとめると、「自営業者の年収は、すでに経費を引いたあとの金額だから」です。会社員の年収は、経費を引く前の額面の金額です。自営業者の年収(確定申告書上の所得)は、経費をすでに引いたあとの金額です。同じ「年収」という言葉を使っていても、中身が違うため、自営業者の方が差し引く項目が少なくて済み、結果として基礎収入の割合が高くなるのです。
実務上の意味・ここがポイント
①相手や自分の「年収」の額だけを比べても、婚姻費用・養育費の正確な見通しは立ちません。会社員か自営業者かによって、同じ年収でも基礎収入は変わります。②相手が自営業者などの個人事業主である場合、基礎収入は同じ年収の会社員より高めに算定されやすい傾向があります。この点を踏まえて金額の見通しを立てる必要があります。③自営業者の場合、確定申告書に書かれた所得が実際の収入より少なく見えるケースもあります。そのようなときは、基礎収入の前提となる収入額そのものが争いになることもあります。
よくある質問
Q 相手は自営業者です。確定申告書の「所得金額」をそのまま年収として使えばよいのでしょうか。
A 原則としてはそのように扱いますが、必ずしもそのままでよいとは限りません。青色申告特別控除のように、実際の支出を伴わない控除が差し引かれているケースや、経費の中に実際には生活費として使っているものが混ざっているケースもあるためです。申告内容を確認したうえで、修正が必要かどうかを検討することになります。
Q 自分は会社員、相手は自営業者です。基礎収入の計算方法が違うことで、自分が不利になりませんか。
A 計算方法そのものは、会社員・自営業者のどちらであっても、収入額に応じて決められた割合を機械的に当てはめるものです。どちらか一方が一律に不利になる制度ではありません。ただし、同じ年収額であれば、自営業者の基礎収入の方が高めに算定されやすい傾向はあります。
婚姻費用・養育費の基礎収入の計算についてご不安がある方へ
双方の収入の種類(会社員か自営業か)や確定申告の内容を伺ったうえで、基礎収入がどの程度になりそうか整理いたします。まずは状況をお聞かせください。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。実際の金額は、収入の種類や確定申告の内容など、個別の事情によって異なります。具体的な対応については弁護士にご相談ください。

