夫が家に住み続けるのに、妻の取り分はゼロ?――住宅ローン付きの自宅と財産分与

夫が家に住み続けるのに、妻の取り分はゼロ?――住宅ローン付きの自宅と財産分与 財産分与

離婚後、夫がそのまま自宅に住み続けることになったのに、その住宅ローンの残債まで財産分与の計算に組み込まれてしまうと、家に住むわけではない妻の側が、まるでその借金の一部まで背負わされたかのような結果になってしまうのではないか——そのような割り切れなさを感じる方は少なくありません。この問題の基本的な考え方を整理したうえで、東京高等裁判所令和6年8月21日判決を紹介します。

財産分与の基本:プラスとマイナスを合算する「通算」の考え方

実務では、財産分与は、預貯金や不動産などのプラスの財産(積極財産)と、住宅ローンなどのマイナスの財産(消極財産)をすべて合算し、その差し引き後に残ったプラスの部分だけを分ける、という考え方が基本とされています。

たとえば、次のようなケースで考えてみます。

夫名義の預貯金が1000万円、自宅(夫名義)の評価額が500万円、その自宅の住宅ローン残高が2000万円だったとします。妻名義の資産はゼロとします。

この場合、夫の財産を合算すると、1000万円+500万円-2000万円=マイナス500万円です。妻の財産はもとからゼロですから、夫婦全体で見ても、財産はマイナス500万円のままということになります。

この考え方に立つと、妻は財産分与として1円も受け取れません。財産分与は、プラスとマイナスを合算したうえで、残ったプラスの部分を分ける手続きだからです。全体がマイナスである以上、そもそも分けるべきプラスの財産自体が存在しない、ということになります。

しかし、ここで疑問が残ります。住宅ローンは残っているとはいえ、夫はそのまま自宅に住み続けることができます。それなのに、その住宅ローンを理由に妻の取り分がゼロになってしまうのは、実質的に妻もその借金を肩代わりさせられたのと同じではないか、という疑問です。

この問題について一つの考え方を示したのが、東京高等裁判所令和6年8月21日判決です。

事案の概要

この事案の夫婦は、離婚訴訟の中で、夫(被控訴人)が離婚と慰謝料の支払いを求め、妻(控訴人)も離婚を求めるとともに、慰謝料や財産分与などを求めていました。

夫婦の財産の中には、夫名義の自宅がありましたが、この自宅には、評価額を上回る住宅ローンの残債務がありました。いわゆるオーバーローンの状態です。

第一審は、離婚を認めたうえで、財産分与について、妻に分与すべきプラスの財産は残らないとして、妻の財産分与の申立てを退けました。妻はこれを不服として控訴しました。

争点

妻は、控訴審で次のように主張しました。自宅と住宅ローンは、性質の異なる特殊な財産だから、これらをセットで財産分与の対象から切り離すべきだ。そうすれば、住宅ローンの負担は夫が一人で引き受けることになるが、その代わり、夫名義の他のプラスの財産については、通常どおり半分ずつ分けてもらえるはずだ、という考え方です。

このような妻の主張が認められるのか、それとも、自宅と住宅ローンも他の財産と一緒に合算して、プラスとマイナスを差し引きした結果をもとに分与額を決めるべきという夫の主張が認められるのかが争点となりました。

裁判所の判断

東京高等裁判所は、まず原則論として、財産分与は夫婦が婚姻期間中に協力して得たすべての財産——プラスの財産だけでなくマイナスの財産も含めて——を総合的にみて決めるものである以上、自宅の評価額を超える住宅ローンが残っていても、他に分与の対象になるプラスの財産があるのなら、それらをまとめて計算し、差し引き後の金額をもとに分与額や方法を決めるのが基本だという考え方を示しました。妻が主張したような、自宅と住宅ローンだけを切り離すという扱いは、原則としては採用しませんでした。

もっとも高裁は、これで話を終わらせたわけではありません。住宅ローンには、ほかの借金とは違う特徴がある、とも述べています。住宅ローンは、そもそもその不動産を手に入れるために借りたお金であり、離婚後に返していく分は、実質的には、その不動産を一人で取得する側が、取得の対価として支払っているのと同じような意味合いを持つことがある、という指摘です。

そのうえで高裁は、機械的にすべてを合算する方法を貫くと、離婚後の夫婦の間で著しく不公平だといえるような事情がある場合には、民法768条3項が定める「一切の事情」として、その不公平さを考慮し、通常とは異なる分け方をすることにも合理性がある、という考え方を示しました。

高裁が挙げた例は、次のようなものです。自宅に住み続けられない側は、住まいを失ったうえに、分けてもらえる財産もほとんど残らず、離婚後の生活に困ってしまう。それに対し、自宅に住み続ける側は、名義人として自宅を使い続けながら、離婚後の収入で住宅ローンを返していけば、最終的には負担のない自宅をまるごと手に入れたり、それを売って利益を得たりする見込みが十分にある——このような場合には、機械的な合算では不公平だといえる場合もある、というのです。

ただし、この事案自体については、高裁は、そこまでの著しい不公平があるとまでは認めませんでした。結論として、妻に分与すべきプラスの財産はないとした一審の判断を維持し、妻の控訴を退けています。

※上記は判決の要旨をまとめたものであり、判決文そのものではありません。実際の事案の詳細や表現とは異なる場合があります。

実務上の意味・ここがポイント

整理すると、次のとおりです。

①財産分与は原則として、プラスの財産とマイナスの財産をすべて合算し、残ったプラスの部分だけを分ける「通算」の考え方で計算されます。②住宅ローンの残高が不動産の評価額を上回っている場合に、その不動産とローンだけを切り離して対象から除外するという主張は、原則としては認められにくいといえます。③もっとも、住み続ける側が使用利益を得つつ将来的に負担のない不動産を手に入れる見込みが高い一方で、住み続けない側の取り分がほとんど残らず、離婚後の生活が立ち行かなくなるような著しい不公平がある場合には、例外的に通算とは異なる分け方が認められる余地がある、と高裁が示した点は重要です。④ただし、この判決自体は、そのような例外を認めるだけの事情はなかったとして、原則どおりの結論を維持しています。

「住宅ローンが残っていて夫婦の財産が通算してマイナスだから財産分与はもらえない」と最初からあきらめる必要はありませんが、住宅ローン付きの自宅が絡む財産分与は、単純な計算だけでは終わらない要素も含まれているため、ご自身のケースでどのような主張ができそうか、早めに整理しておくことをお勧めします。

よくある質問

Q 自宅の名義人である夫に住宅ローンが多く残っている場合、妻は財産分与を全く受け取れないのですか。

A 原則としては、プラスの財産とマイナスの財産をすべて合算した結果がプラスにならない限り、財産分与を受けられないのが基本的な考え方です。ただし、事案によっては、住宅ローン付きの不動産を切り離して考えるべき事情が認められる可能性もあります。

Q 夫がそのまま自宅に住み続けるのに、妻の取り分がゼロになるのは不公平だと思います。

A 東京高等裁判所令和6年8月21日判決は、自宅に住み続ける側が将来的に負担のない不動産を取得する見込みが高い一方、住み続けない側の取り分がほとんど残らず生活が困難になるような著しい不公平がある場合には、マイナスになっている自宅不動産を財産分与で通算しませんという分け方が認められる余地もある、という考え方を示しています。ただし、実際にそのような事情が認められるかどうかは、個別の事案ごとの判断になります。

Q このような主張をするには、どのような事情が重要になりますか。

A 自宅に住み続ける側が、将来的に住宅ローンを完済して不動産を単独で取得する見込みがどの程度高いか、住み続けない側の離婚後の生活が実際にどれだけ厳しくなるかなど、具体的な事情を整理して示せるかどうかが重要になります。

住宅ローン付きの自宅がある場合の財産分与にご不安がある方へ

自宅の名義や住宅ローンの残高、離婚後どちらが住み続ける予定かなどを伺ったうえで、財産分与でどのように扱われそうか整理いたします。まずは状況をお聞かせください。

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。判例は個別の事案に対する判断であり、同じ結論になるとは限りません。具体的な対応については弁護士にご相談ください。

執筆者:益子大悟(中目黒さくら法律事務所 代表弁護士/第一東京弁護士会所属)