「退職金は定年になってみないと分からないのだから、今の財産分与では決めようがないのでは」——そう思われる方は少なくありません。しかし実際の家庭裁判所は、まだ支給されていない将来の退職金についても、具体的な計算式を使って、分与すべき金額をあらかじめ算出することがあります。東京家庭裁判所平成22年6月23日審判は、その計算方法を示した実例です。
事案の概要
この事案の相手方(夫)は、信用金庫の職員で、審判の時点で56歳、定年は満60歳(定年に達した日の翌日)とされていました。相手方はこの信用金庫に30年以上勤務しており、同居期間は昭和58年頃から平成20年頃までの294か月、別居時までの在職期間は昭和53年頃から平成20年頃までの362か月にわたっていました。
離婚に伴う財産分与の審判手続の中で、この相手方が将来受け取る退職金を、財産分与の対象としてどう扱うか、また、対象とする場合にどのように金額を算出するかが問題になりました。
争点
退職金は、実際に支払われるのが定年を迎える将来の時点であり、審判の時点ではまだ手元にない収入です。将来の退職金を財産分与の対象とすること自体の可否に加え、対象とする場合に、いつの時点を基準に、どのような方法で具体的な金額を算出すべきかが争点となりました。
裁判所の判断
裁判所は、まず、相手方が信用金庫に30年以上勤務していることを踏まえ、将来同金庫を退職した場合には退職金の支給を受ける蓋然性(確実さの度合い)が高いといえるとして、この退職金は財産分与の対象となる夫婦の共同財産にあたると判断しました。
そのうえで、具体的な算出方法として、次の計算式を示しました。
別居時に自己都合退職したと仮定した場合の退職金額 × 同居期間(月数)÷ 別居時までの在職期間(月数)× 50%(寄与割合)
この事案では、別居時に自己都合退職したと仮定した場合の退職金額が983万6500円、同居期間が294か月、別居時までの在職期間が362か月とされ、次のとおり計算されました。
9,836,500円 × 294 ÷ 362 × 0.5 = 3,994,379円
裁判所は、この計算結果に基づき、相手方に対し、実際に信用金庫から退職金の支給を受けたときは、そのうち399万4379円を申立人(妻)に分与すべきであるとし、「相手方が信用金庫から退職金の支給を受けたときは、399万4379円を支払え」という審判を下しました。
※上記は審判の要旨をまとめたものであり、決定文そのものではありません。実際の事案の詳細や表現とは異なる場合があります。
実務上の意味・ここがポイント
この審判例では、①勤続年数から支給の蓋然性を認め、②実際の支払いは将来の退職時とし、③金額は「別居時に自己都合退職したと仮定した場合の額」を基準に、同居期間の割合と寄与割合(この事案では2分の1)を掛け合わせて算出する、という枠組みが採られています。「先の話だから決めようがない」わけではなく、現時点の情報から逆算して具体的な金額を確定させる方法があることを示す実例です。
この審判例の計算式で特に注目したいのは、対象になるのが退職金の全額ではなく、あくまで同居期間に対応する部分に限られるという点です。独身時代からの勤続分や、別居後にさらに積み上がる分は、この計算式の中で自動的に除外される仕組みになっています。
また、支払いの時期についても、審判の時点で一括して金額を確定させ即時に支払わせるのではなく、「実際に退職金の支給を受けたときに支払う」という将来の時点を条件にした支払い方が採られています。これは、まだ支払う側の手元にないお金について、無理に今すぐの支払いを命じるのは酷であるという配慮によるものと考えられます。
なお、筆者(益子)の実務経験上は、近時の家庭裁判所では、財産分与を離婚時の一回的な清算として捉え、将来支給される退職金についても、他の財産と合わせて離婚時に清算してしまう形を志向する傾向があると感じています。本審判例のような「支給時払い」の方法は、退職までの期間や勤務先の状況によっては、なお有力な選択肢の一つですが、実務上は離婚時の即時清算を求められる場面も少なくない、という点は付言しておきます。
もっとも、退職金の算定方法は、この事案の計算式だけがすべてではありません。勤務先の退職金規程の内容、退職までの残り期間、支給の蓋然性の程度などによって、採用される計算方法や、対象とすること自体の可否は変わり得ます。同じような勤続年数のケースであっても、必ずこの事案と同じ計算式・同じ結論になるとは限りません。
よくある質問
Q 配偶者の退職まで、まだ10年以上あります。それでも今回の財産分与で扱ってもらえますか。
A 勤務先での勤続年数や退職金規程の内容などから、支給の蓋然性が高いと認められれば、対象になる可能性があります。この審判例のように、蓋然性さえ認められれば、10年以上先であることだけを理由に対象から外されるわけではありません。
Q この計算式は、どんなケースでも同じように使われますか。
A この事案で採られた計算式は一つの例です。勤務先の退職金の性質(勤続年数連動型か、ポイント制かなど)や、事案ごとの事情によって、算出方法が異なることがあります。
Q 退職金を分与してもらえるとして、実際にお金を受け取れるのはいつになりますか。
A この審判例のように、相手方が実際に退職金の支給を受けた時点で支払うという方法が採られることがあります。もっとも、筆者の実務経験上、近時は離婚時点での価額に引き直して、他の財産とあわせて離婚時に一括で清算する形が採られる場面も少なくないと感じています。どちらの方法が採られるかは事案によって異なるため、あらかじめ弁護士に確認しておくとよいでしょう。
将来の退職金の扱いについてご相談されたい方へ
配偶者の勤続年数や退職金規程、婚姻期間などを伺ったうえで、将来の退職金がどのように扱われそうか、具体的な金額の見通しも含めて整理いたします。まずは状況をお聞かせください。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。判例は個別の事案に対する判断であり、同じ結論になるとは限りません。具体的な対応については弁護士にご相談ください。

