別居してから、相手が算定表の目安よりも多めに生活費を送ってくれていた——そのような方から、「離婚のときの財産分与で、多くもらっていた分を差し引かれてしまうのではないか」というご相談を受けることがあります。反対に、支払う側から「相場より多く払ってきたのだから、財産分与で調整してほしい」と言われることもあります。この問題を整理します。
原則:別居中に多く受け取っていた生活費は、財産分与を前借りしたことにはならない
別居していても、夫婦である以上、相手の生活を支える義務(婚姻費用分担義務)そのものはなくなりません。東京高等裁判所令和3年3月11日判決も、別居中に一方が他方へお金を渡していたという事実だけをとらえて、これを財産分与の前渡しだと決めつけることはできない、という立場を取っています。ですから、別居後に生活費として送金を受けていたという事実は、それ自体では財産分与を先に受け取ったことにはなりません。
送られてきた金額が算定表の目安を上回っていた場合も、結論は同じです。大阪高等裁判所平成21年9月4日決定は、算定表の水準を上回る金額が送られていた事案を扱っていますが、そこでの結論は、財産分与を前もって渡したとは評価しない、というものでした。決め手となったのは、その金額が双方の収入や当時の暮らしぶりに照らして、誰の目にも釣り合わないといえるほどかどうかという点です。
行き過ぎた金額であれば、話は別になることもある
ただし、これは無制限に当てはまるわけではありません。誰が見ても常軌を逸しているといえるほど突出した金額であったり、対等な話し合いとはいえない形で一方的に要求され、押し切られる形で支払っていたりしたような事情があれば、財産分与の中で考慮される余地が出てきます。
見極めのポイントは、その金額が「生活費としての合理的な範囲」を超え、実質的には財産の先渡しに等しいと評価できるかどうかです。単に算定表の目安を上回っていた、というだけでは、この例外にはあたりません。
渡したものが「生活費」か「財産分与の前渡し」かは、何で見分けるのか
別居後のやり取りをめぐっては、もう一つ似た問題があります。現金だけでなく、財産そのものを渡していた場合に、それが生活費の負担なのか、それとも財産分与の前渡しなのかという問題です。
東京高等裁判所平成30年1月24日決定は、こうした場面をどう判断するかについて、渡された財産が具体的にどのようなものだったか、どれくらいの価値のものだったか、そしてどのような事情のもとで渡すに至ったのかを総合的に見て、個別に結論を出すべきだという考え方を示しています。判断のよりどころになるのは、渡したものが権利や名義そのものを移すものだったのか、それとも日々の暮らしを支えるためのものだったのかという視点です。
たとえば、不動産や預貯金の名義を配偶者に変更して渡すようなケースは、権利そのものを移転する性質が強く、財産分与を前もって渡したと評価されやすくなります。一方で、家賃や光熱費といった日々の生活費を立て替えたり、暮らしのために継続的にお金を渡したりするようなやり取りは、生活を支える性質が強く、婚姻費用の負担と評価されることが多いといえます。
実務上の意味・ここがポイント
整理すると、次のとおりです。
①別居後に算定表より多めの生活費を受け取っていたとしても、それだけを理由に財産分与で差し引かれることは、原則としてありません。②ただし、誰が見ても行き過ぎといえるほど突出した金額であったり、対等な話し合いとはいえない状況で一方的に支払わされていたりした場合は、例外的に考慮されることがあります。③現金以外の財産を渡していた場合は、権利や名義そのものを移すものか、暮らしを支えるためのものかによって、財産分与の前渡しか生活費の負担かが振り分けられます。
多く払ってきた側からすると「損をした」ように感じられるかもしれませんが、金額に納得がいかない場合、財産分与での調整をあてにするのではなく、その時点で婚姻費用の金額自体の見直しを検討する方が、本来の筋道といえます。
よくある質問
Q 別居中、相手から算定表より多めの生活費を渡され続けていました。離婚時の財産分与で、その分を差し引かれてしまいますか。
A 原則として差し引かれません。金額が算定表の目安を上回っていたとしても、双方の収入や暮らしぶりから見て誰の目にも明らかに釣り合いを欠くといえるようなケースでない限り、もらいすぎとして財産分与の中で考慮されることは基本的にないというのが実務の考え方です。
Q 私が別居後、多めに生活費を送ってきました。財産分与で、その分を自分の取り分として上乗せしてもらうことはできますか。
A 基本的には難しいといえます。婚姻費用は、それを負担する側が別居中の相手の生活を支えるために支払うべきものであり、自主的に多めに支払っておきながら、後になって財産分与の中で清算を求めることは、原則として認められにくいとされています。
Q 例外的に考慮されるのは、どのような場合ですか。
A 金額そのものが誰の目にも行き過ぎだといえるほど突出していた場合や、対等な話し合いの結果とはいえない状況で一方的に支払わされていたといえる場合には、例外的に財産分与の中で考慮の対象になることがあります。
婚姻費用と財産分与の関係についてご不安がある方へ
別居後にどのような金銭や財産のやり取りがあったか、その金額や経緯を伺ったうえで、財産分与でどのように扱われそうか整理いたします。まずは状況をお聞かせください。
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案に対する法的助言ではありません。婚姻費用と財産分与の関係についての判断は、金額や経緯など個別の事情によって異なり、必ずこのとおりになるとは限りません。具体的な対応については弁護士にご相談ください。

