「もう終わった夫婦だった」は通用するか──不貞慰謝料請求を守る“証拠”の集め方

「もう終わった夫婦だった」は通用するか──不貞慰謝料請求を守る証拠の集め方 不倫・慰謝料

はじめに

不貞慰謝料を請求すると、相手方(不貞相手)から必ずと言っていいほど出てくる反論があります。「請求者夫婦は、不貞行為の時点ですでに婚姻関係が破綻していた。だから慰謝料を払う理由はない」というものです。いわゆる「婚姻関係破綻の抗弁」です。

この抗弁、実際の裁判例を見ていくと、主張されること自体は非常に多いものの、認められるケースはごく限られています。今回は、この抗弁の基本的な考え方と、請求する側(配偶者)が普段からどのような証拠を残しておけば、この抗弁を封じられるのかを、複数の裁判例の傾向から整理します。

なお、以下で紹介する各裁判例の内容は、公刊された判例集の記載をもとに筆者が独自の言葉でまとめた要旨であり、判決文そのものではありません。実際の事案の詳細や表現とは異なる場合があります。

1. 破綻の抗弁の基礎

不貞行為が不法行為として成立するのは、配偶者の一方が第三者と肉体関係を持つことで、他方配偶者の「婚姻共同生活の平和を維持する」という法的利益が侵害されるからだと考えられています。逆に言えば、不貞行為の時点で夫婦関係がすでに実体を失っていたのであれば、そもそも守るべき利益が存在しなかったことになり、不法行為は成立しません。これが破綻の抗弁の理論的な出発点です。

もっとも、ここでいう「破綻」は、単に夫婦仲が冷え込んでいる、会話が減っている、といった程度では足りないとされています。裁判例が繰り返し示している基準を要約すると、婚姻共同生活が形だけのものとなり、修復の見込みが失われた状態に至っていることが必要であり、関係の悪化や希薄化にとどまる場合は破綻とは評価されません。また、単身赴任などの事情がないのに夫婦が別々の場所で寝泊まりしていたという事実も、それだけで直ちに破綻を意味するわけではなく、夫婦の年齢や婚姻期間、子の有無、双方の合意に基づく生活スタイルの選択である可能性なども考慮して判断されるべきとされています。

さらに実務上重要なのは、立証責任の所在です。破綻していたことを主張・立証する責任は、抗弁を出す側(不貞相手)にあります。そのため、双方の言い分が食い違い、当時の夫婦関係が実際どのような状態だったのか判然としない場合、裁判所は「破綻していたとは認められない」という結論に至る傾向があります。この構造上のハードルの高さも、破綻の抗弁が認められにくい大きな理由のひとつです。

2. 裁判所が破綻を認めなかった事案に共通する要素

多数の裁判例を横断的に見ていくと、破綻の抗弁が排斥された事案では、次のような事情が「婚姻関係は継続していた」ことの根拠として繰り返し挙げられています。

  • 不貞行為の時点でも同居が続いていたこと
  • 家族での旅行、外食、レジャー施設への外出など、共同の思い出作りが継続していたこと
  • 子の運動会や入学式、結婚式などの家族行事に夫婦そろって参加していたこと
  • 誕生日や結婚記念日を祝う、感謝や労いのメッセージを送るといったやり取りが続いていたこと
  • 生活費や婚姻費用の分担が続いており、経済的に独立していなかったこと
  • 性交渉の有無にかかわらず、日常的な会話やLINE等での連絡が保たれていたこと
  • 離婚の具体的な協議や調停の申立てなど、離婚に向けた実質的な行動が取られていなかったこと
  • 請求者本人が、離婚に反対する意思や婚姻関係を続ける意思を明確に示していたこと

反対に、口論や夫婦喧嘩があったこと、一時的に別居を持ちかけられたこと、性交渉が途絶えていたことなどは、それ単独では破綻を基礎づける事情としては弱いと評価される傾向があります。

3. 破綻の抗弁が認められた稀少な事案の特徴

一方で、破綻の抗弁が認められた事案も存在します。共通して見られるのは、次のような、より踏み込んだ客観的事情です。

  • 一方が住居を移し、他方がその所在地を把握すらしていない状態が長期間続いていたこと
  • 離婚に向けた具体的な協議や調停が現に進行し、離婚条件についてのやり取りが交わされていたこと
  • 別居に先立つ深刻な暴力行為があり、それを契機に別居し、以後一貫して離婚の意思を示し続けていたこと
  • 別居後、関係修復に向けた話し合いの形跡が一切認められなかったこと

つまり、単なる別居や不仲では足りず、「もはや元に戻る見込みがない」ことを外部から見ても明らかにするだけの、具体的かつ継続的な事実の積み重ねが必要とされているわけです。

なお、離婚に向けた合意がいったん成立しかけても、その後同居生活が続き、離婚届の提出が見送られたようなケースでは、その一時的な事情だけをもって破綻とは評価されない、とされた例もあります。このあたりは、当事者の自認や証拠の出し方といった個別事情に強く左右される部分であり、「これが典型的なパターンだ」と一般化しすぎない注意が必要です。

4. 実務上のポイント──破綻の抗弁を封じるための証拠戦略

以上を踏まえると、将来的に不貞慰謝料を請求する可能性がある配偶者としては、日頃から次のような点を意識しておくことが有効です。

  • 同居・生活の実態を示す記録:同居していた期間や家計の分担状況が分かる資料(家賃・光熱費の支払記録、生活費のやり取り等)
  • 共同生活のエピソードを示す記録:家族旅行、外食、記念日の写真やSNSへの投稿、贈り物のやり取りなど
  • コミュニケーションの継続を示す記録:LINEやメールでの日常的なやり取り、体調を気遣うメッセージ、感謝や労いの言葉など
  • 婚姻関係を続ける意思を明確にする記録:日頃から離婚に応じない意思や婚姻関係を維持したい意思を伝えたメッセージ、離婚届不受理申出の手続記録等
  • 離婚に向けた行動と誤解されうる言動を避けること:売り言葉に買い言葉で離婚協議書に安易に署名しない、感情的なやり取りの中で離婚を口にした発言を書面やメッセージに残さない、離婚調停の申立てなど後戻りしにくい手続を軽々しく取らないなど、後に「離婚協議が進んでいた」と評価されかねない記録を自ら作らないようにする

もっとも、これはあくまで個別の事案における裁判所の判断の傾向を整理したものであり、同じような証拠を揃えたからといって必ず同じ結論になるとは限りません。実際の事案では、別居の有無や経緯、夫婦それぞれの言動、離婚協議の進捗状況など、個々の事情を総合的に見て判断されます。

5. よくある質問

Q1. すでに別居して1年以上経っています。それだけで破綻とみなされますか?

別居の事実だけで直ちに破綻と評価されるわけではありません。別居に至った経緯、その間の連絡や金銭的な援助の有無、離婚協議の有無なども総合的に考慮されます。

Q2. 配偶者から「もう終わった関係だ」と言われたことがあります。これは不利になりますか?

一方が離婚を口にしたという事実だけでは、直ちに婚姻関係が破綻していたとは評価されにくい傾向にあります。ただし、その後の具体的な行動(別居の継続、協議の進展等)と合わせて評価される点には注意が必要です。

Q3. 破綻していないことを、こちらから積極的に証明する必要がありますか?

立証責任自体は抗弁を出す相手方にありますので、必須ではありません。もっとも、相手方の主張に対して的確に反論するためには、同居や交流の実態を示す証拠を手元に用意しておくことが実務上は望ましいといえます。

不貞慰謝料請求にご不安な方へ

不貞慰謝料の請求では、こちらの婚姻関係が「破綻していなかった」ことをどう裏付けるかが、認容額や結論を大きく左右することがあります。手元にどのような証拠があれば有利になるのか、個別の事情に応じた見立てが必要です。中目黒さくら法律事務所では、離婚・男女問題に関するご相談を承っております。お一人で悩まず、まずはお気軽にご相談ください。

※本記事は、公刊された裁判例の要旨をもとに一般的な傾向を解説したものであり、個別の事案について特定の結論を保証するものではありません。実際の事案への適用にあたっては、専門家にご相談ください。

執筆者:益子大悟(中目黒さくら法律事務所 代表弁護士/第一東京弁護士会所属)